善甫 啓一システム情報系 助教

まず、主な研究分野を教えてください。
大まかに言うとヒューマンコンピューターインタラクションという分野になります。人間とコンピューターの間でのやり取りを研究する分野になりますね。『人間拡張』ともいえるかなと思います。実は私、これまでのキャリアでは色々な分野をまたいできました。学類では今でいう物理学類で電波天文学を学んでいました。今はもうないのですが、国土地理院にあった32メートル級の大きなパラボラアンテナを使って、5,400万光年先からの20ギガヘルツあたりの電波を観測していました。
宇宙にも電波があるのですね。
あります。X線だったり、赤外線だったり、可視光だったりと、周波数帯によって名前が変わってきます。電波望遠鏡を使って、特定の周波数帯をもとにエネルギーや回転速度の急激な変化を観測します。エネルギーの量によって周波数が決まってくるので、スペクトルを見た時に、回転に関するエネルギーの速度の変化や、銀河の中でのドップラーシフトの影響を考慮しながら観測します。そうした現象から何がわかるかというと、宇宙空間5,600万光年先の銀河中心部の温度がどのくらいであったかを推測できます。宇宙空間にある90%以上は、水素などのシンプルな元素ですので、そうした推測が可能となります。ちなみに、物理では大きく理論と実験に分類されます、宇宙に関しては実験ができないので、実験ではなく宇宙観測と言う分類の研究室の所属でした。
物理学は一番基礎ですし、私自身物理が楽しかったので学類では物理学を勉強していました。ただ、1億年前、100万年、50万年先と続くものは確かにロマンがありますが、もっとすぐに人の役に立てるものに従事したいと思い、物理ではない社会学系の修士に進学することにしました。当時まだ普及していないネットショッピングに注目して、購買履歴を使ったレコメンデーションエンジンを作ろうとしていましたね。
大学院から研究者を目指していたわけではないのですね。
その頃、実はビジネスパーソンになりたいと思っていました。何か製品やサービスを作って世の中に送り込みたいと。研究内容としては、ユーザーの好みの服装などについて、色に基づくレコメンデーションができたら効果があると思い、開発をしていました。ユーザーが好きそうな色を推薦するレコメンデーションエンジンを作ろうと思いましたが、面白いことに、ユーザーが好む色は傾向があるのはもちろんですが、それに加えて、アクセサリーにおいて好む色が、必ずしもメインの服と同じような色を選ぶわけではないという結果がでました。
博士課程に進学を決めたときは、人間に関係すること、人間の信号や波を使うことが楽しかったので、選択肢は視覚か聴覚でした。そうなると視覚、つまり映像や画像の分野はレッドオーシャンになるので音の分野にしようと思い、音響技術に関する研究室に入りました。そこで研究していたのは信号処理の延長でして、研究があまり進んでいないロボットの聴覚を研究していました。壁の位置をエコーで判別させたり、音が生じる場所を2、3個のマイクで判別させたりなど、といった研究です。音響の先生は遅くまで研究室に残って学生とアイデアを出しあったりして、研究者って楽しそうだと思ったのが研究者の道に決めたきっかけですね。
民間企業等、学外の方との共同研究は、どういったものをされていましたでしょうか。
国立がん研究センターの医師たちとの共同研究では、インフォームド・コンセントのより良いあり方を追求するため、患者さんの精神状態を判別するような装置を一緒に開発しています。楽天モバイルとの共同研究では、5G回線を活用したテレプレゼンスシステムの研究をしていたりします。あとは、知人が経営している会社で食品の加工ロボットを導入することになりまして、そのAIの構築を依頼されて制作しています。工場のラインなどでエラーを識別するためのAIですね。現場のデータを学習できないとAIは賢くならないので、とにかくサイクルを回してデータを取らせる必要があります。一方、技術開発の流れもあって、何であっても実装してから販売など、現場でのオペレーションを改善してもらう必要があります。ソフトウェアの部分とか基盤を開発した上で、それをベースに会社で販売して現場に適用します。それをメーカーで実装してもらって、データが戻ってきて、2周目から私の立ち上げている会社の方でソフトウェアを作って売ってというような、データ活用サイクルを運用しています。
今後の研究の方向性はありますか?
私のテーマって人間拡張工学なのですが、コアコンセプトは『音響』や『無意識』をうまく活用して、サービスなどのインタラクションをより良くしてあげることです。コネクテッド・リアリティとかマルチレイヤー・リアリティと言ったらいいのでしょうか、VR空間であろうと、視覚障害者の感じている世界であろうと、スペイン人の話す言語空間であろうと、全部シームレスにする。音や無意識をうまく使って、立体音響とARでより効果的な障害支援を提案する。鏡とARデバイスを通してヘッドマウントディスプレイ(HMD)を掛けない生身の人間とVRアバターが自然な会話をする。HMDとモバイル通信を活用して、遠隔の医師が訪問看護を支援しながらサービスを生産するなども考えられます。VR空間内のパーソナルスペースを再定義して、人間同士のインタラクションを心地よいものにしてあげようとか、そういうことを研究しています。
先生の研究で、こんな分野の素養が欲しいと思ったことはありますか。
医学ですね。医療法人を立ち上げるためには医師免許が必要ですし、まぁお店を作らないにせよ、顧客に対して直接作用することが許されているのは医者と床屋とマッサージ店くらいじゃなかったっけ? いずれにせよ、人間の認知機能の中には人体への理解が必須になります。医学的に人体のことを理解できたら、さらに研究の進みが良くなっただろうと思います。今から医学部で学びなおすことはできませんので、協働していく必要がありますね。
学生にメッセージをお願いします。
これからも様々な方と関わりながら多くのことを経験すると思いますが、まずはなんでも経験をした方がいいと思います。人間というのは突然スペックが上がりますが、これは学習曲線に従って、仮説を持って経験の量を増やすと量的変化が質的な変化を生むからです。それともう一つ、経験していく中で失敗は選んでほしいと思います。計画的に失敗をしていくことですね。仮説を持ちながら失敗をしていくと、正解に辿りつくための精度がだんだんと改善してきます。ですので、何でも挑戦はするべきですが仮説検証プロセスの一環としての『成長のための失敗』をどんどん踏み抜いてゆくといいかなと思っています。あとは、集団心理は何かを始めるモチベーションにも継続力にも繋がるので、みんなで参加するようなイベントは全部楽しんだ方がいいと思います!
最後に一言お願いします!
私の人生の目標として挙げていることが、『日々成長を感じながら、世界中を不自由なくプラプラしていきたい』ということです。『世界中』というのは、外国という意味だけではなくて、サイバー空間でもいいです。
この目標には学術的に面白いポイントが2点あって、1つは、何に対して『成長』を感じるかについてです。例えば、ラジオの放送から白黒テレビの進歩は感動が大きかったと思います。それから、白黒テレビからカラーテレビになって、地デジになって、4K、8Kになりましたが、それぞれの段階の感動としてはどうでしょう。スペックの数値的な上昇に対して、感じる主観的な価値は、線形ではなく対数的な挙動であると言われています(※10→20と100→110の変化は、変化量は同じ10だが、10→20の変化の方が大きいと感じる)。この事象はウェーバー・フェヒナーの法則に近いかもしれませんが、日々成長を感じるためには同じことを繰り返していても、感じる成長は主観的には減少してしまいます。先述の対数的な挙動に対しては、指数関数的な施行を行わないと日々の成長って感じないものですよね。
もう1つ、『不自由なく』ということですが、プロスペクト理論の話になります。例えば、2つ選択肢があり、1つは①「無条件で100万円を受け取れる。」または②「1/2の確率で、2倍の200万円を受け取れる。そうでない場合は、何も受け取れない。」この2つの選択肢を選べる条件では、大体の人は確実に①「100万円を無条件に受け取れる」方を選ぶと思います。しかし、別の条件で考えて、あなたは200万借金をしていることを前提とした条件で、③「無条件で借金を100万減らす」か、④「1/2の確率で全額免除。そうでない場合は、負債総額は変わらない。」の2つの選択肢だったらどうでしょうか。先ほどの条件と期待値はかわりませんが、今回の条件では④の「1/2の確率で全額免除」を選ぶ人が多いと思います。数値が同じでも、人間は利得と損失に対するものさしが違うんですよね。利益の前では利益が手に入らないというリスク回避を優先し、損失の前には損失そのものを回避しようとする。行動経済学だったり心理学だったりするのですが、一見、自分は自由と感じていることがあっても、実はそうしたバイアスによって選択が制限されることがあります。
授業の中では、このような分野をまたぐ筑波大学らしい話をしていますので、気になったらぜひ私の授業を受けに来てください!

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システム情報系 助教 善甫啓一
システム情報系 助教 善甫 啓一
  • 写真:上野 修平 /筑波大生デジタルフォトコンテスト