大須賀 健計算科学研究センター 教授

まず、主な研究内容を教えてください。
私は宇宙物理学の理論的な研究をしています。宇宙には色々な天体がありますが、その中でもブラックホールの研究を専門としています。ブラックホールは光や物質など色々なものを吸い込む不思議な天体という性質を持っていますが、それだけではなく、吸い込みそこねた物質を凄いスピードで噴き出したり、高いエネルギーの光が発生したりしています。それが宇宙の進化に大きな影響を及ぼすことが分かってきていてます。ブラックホールが引き起こす不思議な現象を、特にコンピューターシミュレーションを使って調べるのが私の研究です。
小学生の時に、タイトルは全然覚えてないんですが、星が輝く仕組に関する本を読んで面白いと思いました。空を見上げるよりは、星の仕組などに興味が湧いて、宇宙に限らず物理の方向に進みたいと思ったのがきっかけです。
天体を観測する時に直接望遠鏡などを用いて観測するのと、先程の計算という違ったアプローチの仕方があると思いますが、その中でも計算に進んだきっかけはありますでしょうか。
私自身が理屈っぽい人間なので、観測できるものだけではなく、観測できないものまで解き明かしたい、解明したいというのがあったので理論的な研究を選びました。
特に印象に残った研究や出来事はありますか。
ブラックホールが吸い込める物質の量というかスピードには限界があるということが数10年から100年ぐらい前の研究者によって提唱されていました。しかし、それは厳密ではなくて、ある条件がそろえばブラックホールはもっと大量の物質を急速に吸い込むことができて、ものの数億年の間に超巨大ブラックホールにまで成長し得ることができるというのを初めて解明できたというのが、自分の研究の中では一番印象深いです。
解明の手法としては、コンピューターシミュレーションを使って流体力学の方程式、電磁気学の方程式、あとは光の伝搬方程式を相対性理論も含めてひたすら解きます。方程式自体は大学の1年生~3年生で習いますし、ちょっと勉強すれば分かるくらいの式ですけれども、実際にそれを解くとなると、人間の力では全然解けないものですので、コンピュータにひたすら計算させます。
方程式はちょっと勉強すれば分かるとはいえ、それほどの計算量をこなす必要があるのですか。
たくさんの方程式を繰り返し解かないと問題は解決できません。ただし、コンピューターが計算してくれると、人間は何も考えなくていいと勘違いされますが、あくまで解いているのは人間が与えた基礎方程式で、出てくるのは数値の山だけです。結果を見て起きている事象を物理的に解釈するのは人間です。コンピューターは優秀ですが、言ってしまえば電卓です。理解するのは人間なので、物理を勉強するのはとても大事ですね。
研究を進めていて、こんな分野の素養が欲しいと思ったことってありますか。
私は、物理、数学、英語を研究で使っていますが、研究者になってから欲しいと思うのは、国語とか社会の知識ですね。国際会議に出席すると、研究の話もするんですが、それぞれお互いの国や地域の話などもします。外国の人って意外と日本の歴史とか地理を知っていますし、政治のこともよく知っています。日本人として日本のことを知らないと恥ずかしいです。逆にこちらも外国のことをよく知っていないと会話にならないので、世界のことをもっと知っておくべきだったと思いますね。あとは、書籍を書くことや講演の機会も多いので、国語力も必要と思っています。
大学1年生は今からどういう能力を一体に見つけていけば、豊かな研究者になれるのでしょうか。
まず、土台となるものが必要なので、物理に進む場合は物理、数学、英語の能力はやはり必須だと思います。あとはコンピューターを使う能力です。私みたいにスーパーコンピューターを使うかどうかは別としても、プログラミング能力はまず必須かと思います。
さらに、私などがアドバイスできない能力を身につけるのがいいと思います。若い人が自分の視点で『これは面白い、重要かもしれない』と思うことと、私ぐらいの世代の人が重要と思うことは多分ずれていて、私なんかが『そんなことを勉強してどうなるの』というものは、数年後に花開くことがあると思うので、先人からのアドバイスを聞くと同時に、先人がやっていなかったことを自分で切り拓いて勉強するというのは、とても大事なことと思いますね。
海外の方ともやり取りがあるとお話でしたが、協働した経験にはどういったものがありますでしょうか。
天文の業界では、海外の人と協力して一緒に研究して論文を書く国際プロジェクトがよくあります。最近だと、イギリスの研究者の方との共同研究を行っています。フランスに住んでいたこともあるので、その時の知り合いの研究者の方とは今でも研究することがありますね。
やはり1度繋がった縁というのはなかなか切れないものとなってますか。
お互いがブラックホールに興味があって、次に取り組みたい研究テーマの話をしながら先に進むものなので、付き合いが長くなることは多いですね。
歴史的には、特に観測を含めると、ブラックホールの研究はヨーロッパがすごく強いです。昔は理論と観測が別々に研究するスタイルでしたが、今は一緒に研究することが多いです。理論研究は自分達でできるけれども、どうしても観測データを扱うことには疎いので、お互いの強みを持ち寄ってチームを組んで共同研究をすることが多いですね。
世界中の方との共同研究は新型コロナウイルス感染症の拡大によって変わったのでしょうか。
研究って、雑談から始まることが多いんです。最初から計画している研究よりも、予定外にやってみたいアイデアが出てきて、そっちの方が面白いことが多いんですよね。研究打ち合わせで集まるときは、もちろん目的があって集まりますが、その後の夕食時やコーヒーを飲みながら全然違う話をしている時に新しい研究のテーマが生まれたりします。海外では雑談の重要性が認識されていて、3時ぐらいになると休憩室にコーヒーやクッキーが出て、みんなで雑談するのがオフィシャルな行事になっています。その時間に個人の研究をしてはいけないと言われるぐらいです。ちゃんと雑談しなさいと。オンライン会議やメールのやり取りが研究の主体となると、そうした時間が無くなってしまうのが残念です。
研究テーマって、99%はハズレです。雑談の中で浮かび上がった研究テーマのほとんどがボツになりますが、1%だけが実を結びます。その1%が大事なので、アイデアを出してはボツを繰り返しますが、雑談している時の方がどんどんアイデアが湧くので大事なんです。今でも学生さんとご飯を食べに行ったり、休憩室でコーヒー飲んだり、なるだけ雑談の時間をとりたいと思っています。
筑波大学のここが好きというところありますか。
幅広い分野の専門家が揃っているところが筑波大学の強みだと思います。理系はもちろんですが、文系もそうだと思いますし、芸術とか体育もあります。テレビなどに筑波大学の先生方が良く出演していますし、多くの分野で国内トップクラスだと思います。昔ながらの天文学だけじゃなく、それを利用した新しい分野へ研究テーマを広げていけるのも、自分達と違う分野の研究者の方がいてはじめてできることだと思いますね。
せっかく筑波大学に入った学生さん達なので、何かのめり込むものを1つ見つけてほしいかなという気がします。極端な話で言えば、勉強じゃなくてもいいと思います。バイトでも遊びでも漫画でもゲームでも。漫画ならただ疲れたら読むのやめるじゃなくて、誰にも負けないところまで上り詰めるっていう経験をして欲しいと思いますね。徹底的にやるという経験は他のことでも生きると思います。
徹底的にですか。
徹底的にやるというのが大事かなと思います。筑波大学の学生が有利と思うのは、すごく近くに住んでいる方が多いので終電を全く気にせずに研究できますね。私も大学院で勉強しようと決めた時は、曜日が分からなくなる時がありました。計算してみたら7日間で6回しか寝てないなと。それぐらいのめり込んでできるのも筑波大学の利点かなと思ったりします。
どんな学生に物理学類に移行してほしいと思いますか。
やっぱり物理が好きで自然に対して興味のある学生ですね。もちろん使う能力としては数学とか物理とか英語とかの能力がある人が来てくれる方がうれしいのですが、一番大事なのは、好きであるということです。好きであることが、やはり全ての原動力です。自然が好き、物理が好き、宇宙が好きという人に来てほしいなと思います。難しい言葉で言うと知的好奇心の高い人ですかね。






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インタビュー学生と撮影
計算科学研究センター 教授 大須賀 健
  • 写真:上野 修平 /筑波大生デジタルフォトコンテスト