岡山 久代医学医療系 教授

まず、主な研究内容を教えてください。
助産師としての経験を活かして、広く女性の健康支援をするような研究ですね。特に、これからママになる人や子育て中のお母さん、子どもや家族といった方々を対象にした研究をいくつか進めています。
一つはメンタルヘルスに関する研究です。若い女性の月経に伴う症状や、産後うつ病などの心の問題をケアしていくための研究をしています。もう一つが看護理工学です。これまでのメンタルヘルスの評価は質問紙を用いた主観的な方法が中心でしたが、これに加えて、自律神経バランスやホルモン値などの客観的評指標を用いてストレス状態を多面的に評価するような研究をしています。
メンタルヘルス面からのアプローチかと思いますが、その分野に進むきっかけなどがあれば教えてください。
自分自身が大学院生の時に妊娠したのですが、その際に色々な人が私をサポートしてくれました。特に私の両親がこれまでにないぐらい私のことを気遣ってくれたことがあり、親になる移行期における関係性の変化を実感しました。そこで妊娠期の親子関係の変化を学術的に評価していきたいと思い、妊婦と実母との愛着関係や夫婦関係の研究を始めたのがきっかけでした。
研究の中で特に印象に深い出来事などを教えてください。
妊婦と実母との愛着関係や葛藤の強さを評価する研究を行ったことです。当時は、日本語で評価する尺度がありませんでしたので、アメリカの研究者が開発した尺度を日本語に翻訳して調査しました。アメリカの教授と慣れない英語でやり取りをして、翻訳と使用の許可をもらったことが今でも印象に残っています。
人と人との愛着関係は、幼少期の主な養育者との基本的信頼関係の中でパターンが形成されていきます。そしてそれは大人になってからの対人関係にも影響します。幼少期に安定した関係を築けた人は大人になってからも「自分は他者から愛される価値があって信頼される人である」「私も大事な人を愛して大切にする」と認識します。私の研究ではこのような理論をベースにした仮説を立てて研究を行いました。その結果、実母との愛着関係が良い妊婦はパートナーとの愛着関係も良好で、さらにはお腹の中にいる胎児への愛着も高いという結果が得られました。
様々な方々と積極的に連携していることを伺いましたが、産業界との協働で新しい製品を開発されたきっかけなどを教えてください。
腹圧性尿失禁の予防・改善には緩んだ骨盤底を鍛える体操が有効とされていますが、正しい収縮ができない人がいることや、何よりも忙しい女性が毎日継続することは非常に難しいという問題があります。そこで「もっと簡単で女性に親しみのある方法は無いのか?」と考えたことがきっかけです。みなさんも歩行や運動のサポートなどをするスポーツ用の下着をよく見かけると思いますが、あれはインナーマッスルを刺激することによって、体脂肪を落として筋力を上げるというメカニズムに基づいています。それを緩んだ骨盤底筋を持ち上げて強化することにも応用できるのではないかと考え、下着を販売されている企業に相談しました。この企業とは市販のサポート下着を用いた効果検証や、さらにはこの機能を用いた新たな製品開発のための共同研究を行いました。その成果として特許を取得(開発者として申請)し、製品化しました。今でもより良い下着を作る為にデータを蓄積しながら研究開発を続けています。
看護と聞くと看護師になるというイメージがありますが、製品開発など将来的な広がりを感じますね。
私が助産師として大学病院で働いていた時には、将来下着を開発するなんて、全く思っていませんでした。本当に赤ちゃんがかわいくて、産婦さんに安全で満足のいく出産をしてもらいたい気持ちで分娩介助をしていました。でもその後、現場での問題意識や疑問をもとに大学院に進学し、色々な分野の方と協働させていただきました。助産師としての経験、看護のベースを持っているからこそ、学際研究ができるこということをすごく実感しています。
看護の様々な可能性を感じましたが、その中でも先生の思う看護学の魅力を教えてください。
看護って人の健康に関することなので、誰にでも関係します。また、もちろん看護学類では看護師の国家試験の受験資格が得られ、国家試験に合格すれば資格が取れますし、選択制ですが、保健所や保健センターで働く保健師の国家試験の受験資格も得られます。看護師として医療施設に就職する人が多いですが、ヘルスケア関連の一般企業に就職する人や厚生労働省など、行政の方に就職する人もいますね。 本学の卒業生ではありませんが、大学を卒業して看護師になり、再度法学の大学院に入り直して弁護士になられた方もいらっしゃいます。この方は現在、国会議員として活躍されています。すごいですよね。看護師だけじゃ無く、もう何にでもなれますね。医療現場を経験するということは、人としての大きな付加価値になりますし、どのような分野へ進んだとしてもその経験が活かされると思います。
日本は少子高齢化問題を抱えていますが、その中でも私の分野の役割は少子化対策に貢献することだと思っています。女性が働きながら妊娠して、夫婦で仕事を継続しながら子育てしていける環境を作っていくことが必要です。また、将来妊娠したいと思った時に安全に妊娠・出産できる身体の準備をすること(プレコンセプションケア)が重要で、これこそ大学生の皆さんに、今必要なことになります。痩せすぎ、肥満、薬物、過度のアルコール摂取、性感染症は将来の不妊症の原因になります。みなさん、大丈夫でしょうか?
行政の立場から少子化対策に貢献しようとしている学生もいます。また、助産師としてプレコンセプションケアを実践しようと志している学生もいます。看護をベースにしながら医療以外の領域にもかかわっていくことができるので、そのためにも医療の現場に一度立つことは貴重な経験になります。
また、開発の元となるニーズって医療の現場にはたくさんあります。あったらいいなと思うものとか、昔からやっているけどエビデンスが疑わしいものなどが現場には多くあって、そうしたものが研究のヒントになります。でも看護の研究者だけでは解決することが難しいことがありますので、そういう時には理学や工学などのより専門性の高い先生に相談して、共同研究として進めていきます。医療の現場を知っておかないと、そうした発想は生まれませんので看護や医療のベースを持っている人は強いと思います。
筑波大学の『ここが好き』というところを教えてください。
筑波大学で学んでいる学生が大好きです。自分の夢とか希望とかやりたいことを持っている学生が大勢いて、私の授業を熱心に聞いてくれています。そういう多くの学生さんたちに恵まれているからこそ、今の研究を続けていけるのかなと思います。
もう一つは学問分野間の垣根が低いということもあります。NIRS(近赤外分光法)で脳血流を測定してストレスとの関係を評価する研究をする際に、産業精神医学・宇宙医学グループの松崎一葉先生にコンサルを求めたところ、即座に共同研究をお引き受けくださいました。看護学と医学は専門領域が近いので共同することは多いのですが、まだまだ垣根の高い大学もあるようです。また昨年には図書館情報メディア系の落合陽一先生の研究室の大学院生さんから、女性の骨盤底の研究に関してアドバイスを求められました。現在では正式にその大学院生さんの指導をお引き受けしていますし、反対にうちの大学院生の研究をサポートしていただいています。本学ではコンサルやアドバイスを受けたい・したいと思った時に気軽に情報交換できる環境があると実感しています。
さらに産学連携本部の技術移転マネージャーの方からお声がけをいただき、人文社会系の松島みどり先生、体育系の岡本るみ子先生の女性研究者3名でタッグを組むことになりました。2022年度系横断R&Dプロジェクトに採択され、学際研究を開始しています。本学ではちょっとしたきっかけで新しいことが始まりますし、共同研究や学際研究ってそれほど敷居の高いものではないと感じています。
看護学類を目指している学生にメッセージをください。
看護をベースにすると面白いことがたくさん待っているので、伝統的な看護のイメージをちょっとだけ変えてもらって、いろんな可能性がある分野だと思って入ってきていただけたらなと思います。




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インタビュー学生、協力大学院生と撮影
医学医療系 教授 岡山 久代
  • 写真:上野 修平 /筑波大生デジタルフォトコンテスト